公開 : 2020/1/5 , 写真追加 : 2022/11/13
これ、何だと思いますか?
大砲型のベンチです。
ここは勝海舟が設計した明石藩舞子台場跡(1865年竣工、史跡)。 明石海峡にやってくる外国艦船を攻撃するために明石藩が建造した砲台です。
1853年、浦賀沖にアメリカの艦船が停泊し、幕府へ開国の要求を突きつけた「黒船来襲」は歴史の授業でも習うほどの大事件ですが、その翌年には大阪湾にロシアの艦船・ディアナ号が侵入する事件が発生しました。
事態を重く見た幕府は大阪湾にも台場の設置を検討します。
1861年には徳島藩により淡路島に松帆台場が、1865年に明石藩により、この舞子台場が設営され、外国艦隊を大阪湾に侵入させないための防衛ラインが築かれました。
地面の石の構築物は「天端の石敷き」と名付けられ、ここに大砲が据え付けられたか、もしくは大砲を据える部屋の基礎部分ではないかと推測されています。
舞子台場には15〜20門の大砲が設置されましたが、その後、明石海峡を外国艦船が通過することなく明治維新を迎え、大砲は一度も使われなかったそうです。
ちなみに大砲型ベンチは3個設置されています。
夕日に照らされた台場跡を真下から眺めてみました。
※参考サイト:文化遺産オンライン 明石藩舞子台場跡