とも姐の神戸散歩

湊川隧道

〜内部編〜

呑口 » 内部 » 吐口

公開 : 2022/4/10

湊川隧道

いよいよ湊川隧道の内部へ足を踏み入れます。

呑口からおよそ80mまでの区間は見学用通路として増築された部分で、貴重な資料がパネル展示されています。古地図は見入ってしまいました。意外に若い女性の見学者が多いです。

湊川隧道

パネル展示ゾーンを過ぎ、約40mほどは鉄板とコンクリートで補強されたトンネルとなっています。ここからが事実上の湊川隧道です。

そもそも、なぜ湊川隧道を作る必要があったのでしょうか。それには神戸港開港のころまでさかのぼります。

そのころの神戸は旧生田川西岸に設けられた旧居留地から街が開けていき、貿易が盛んになるにつれ、居住地が西側の旧湊川付近まで広がっていきました。

湊川隧道

煉瓦造りのトンネルに入ると一部で今も地下水が染み出てきています。この辺りは天井からも雨のように地下水が降り注いでいます。

ところで旧湊川は居住地よりも上を流れる天井川だったことから雨が降るたびに川があふれ、川より低い土地に洪水をもたらせました。

1896年の台風による旧湊川の氾濫では堤防が100mにわたり決壊、38名の住民が亡くなる大惨事となったことから、旧湊川の付け替え工事が計画され、新しい川を通す湊川隧道が建設されました。

湊川隧道

通常、湊川隧道一般公開ではミニコンサートが企画されるのですが、私が訪れた日はコロナ禍の影響でコンサートは中止となり、その代わりとして湊川隧道の歴史や構造に関する説明会が設けられました。

新しい湊川は現在の兵庫区を東西に流れ、長田区内を南北に流れる苅藻川へ合流しています。その新湊川区間に設けられた河川トンネルが、この湊川隧道でした。

1901年、湊川隧道(新湊川)が完成すると、旧湊川は埋め立てられ、その場所は「新しく開かれた土地」=「新開地」として発展していきます。

旧湊川の跡地が新開地となり、旧生田川の跡地が現在のターミナルとしての三宮となったわけで、2つの川の付け替えは神戸発展の基礎を築いたと言っても過言ではないでしょう。

湊川隧道

トンネル内では日本酒が貯蔵されていました。その名も「福寿 zui」。この場で半年間貯蔵された清酒は限定3000本で発売されているそうです。

※「福寿 zui」は湊川隧道では販売していません

湊川隧道

温度計・湿度計。わかりにくいですが、私が訪れた日は温度は11℃、湿度は62%でした。真夏でも隧道内の気温は20℃程度とのことです。

湊川隧道

煉瓦の壁。写っている側壁は「イギリス積み」ですが、アーチ部分は「長手積み」(一般的な煉瓦の積み方)、天井部は「堅積み」という積み方がされています。そして、湊川隧道に使われた煉瓦の数は、なんと450万個にもなるそうです。

湊川隧道

説明会終了後に説明会会場を撮ってみました。トンネルが巨大なことがわかります。

その規模は長さ800m。幅7.3m、高さは7.6mで、完成当時は河川トンネルとしては世界最大規模だったと言われています。

湊川隧道

基本的に湊川隧道は通り抜けができません。その理由は湊川隧道の下流・吐口へ行けばわかるのですが、そのおかげで、このように、人が全く写り込まない隧道の写真を撮ることができます。

湊川隧道

通り抜けできないとわかっていても、この先には何があるのか、気になりますよね。
呑口に戻って、地上から下流である吐口を目指しましょう!

※公式サイト:湊川隧道公式WEBサイト
※参考サイト:湊川流路の変遷(兵庫県神戸土木事務所)

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