とも姐の神戸散歩

兵庫県里程元標

公開 : 2021/1/10

兵庫県里程元標

里程元標とは県内各地の距離を測るための起点で、明治時代には各県の県庁所在地に設置が義務づけられ、兵庫県里程元標は1910年に設置されました。

つまり兵庫県内の道はすべて、この兵庫県里程元標に繋がっていると言っても過言ではありません。

兵庫県里程元標

明治時代の道標だけに石碑には府県境などへの距離が刻まれています。

旧漢字は新漢字に、漢数字はアラビア数字に変換、メートル法換算は「里程元標について」石碑の裏側記載を参照

兵庫県里程元標

碑の裏側に「明治43年2月」と刻まれていますが、もともと現在地にあったわけではありません。

兵庫県里程元標

移転の経緯については、里程元標の横にある「里程元標について」の解説碑に詳細が書かれています。

要約すると、もともとは「相生橋西詰」に設置されていました。相生橋は現在のJR神戸駅の東側にあった鉄道橋ですが、1931年に鉄道の高架化に伴い、相生橋が撤去され、同時に兵庫県里程元標も撤去されました。

1960年、どういう経緯かは不明ですが、湊川神社前に突如、里程元標が復活。しかし、その場所は元の里程元標があった場所から東へ150mの場所であり、里程元標としての実用性に欠くものでした(そもそも実用されてませんでしたが(^^;))。

さらに2004年、里程元標は現在の元町商店街西口の広場に移ってきました。もともとあった場所からは、東へ約300mほどの場所になります。

ちなみに兵庫県里程元標があった相生橋跡地には、今、蒸気機関車D51 1072号機が屋外展示されています。ところが、この蒸気機関車は、1992年まで、この元町商店街西口の広場に展示されていました。今思うと、移設された年代は異なりますが、蒸気機関車より兵庫県里程元標を相生橋跡地に移すべきだったのでは…と思わずにはいられません。

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