とも姐の神戸散歩

紫式部の墓

公開 : 2021/8/14

藍那駅 踏切

神戸に生まれ育った私ですが、生まれて初めて降り立つ藍那駅。神戸市内とはいえ土地勘はないので、とりあえず駅の地図を見てみました。すると、なんと紫式部の墓があるではないですか!

なぜ、そんな歴史上の有名人の墓がこんな山里に!! とりあえず行ってみましょう。

藍那駅 踏切

紫式部の墓は駅の裏側にあるようです。駅の横の踏切を渡ってみましょう。

紫式部の墓

踏切を渡って、少し坂道を上がって右手の山道の入口に、それらしき塔がありました…が、「紫式部の墓」といえば、それだけで観光地になってもおかしくないのに、この塔の周囲にはそれを示すものはなにもありません。

それに塔の高さも1m足らずで小さいし、雑草が生い茂っていたら見つからなかったかも。

紫式部の墓

「本当に紫式部の墓なのか?」
家に帰ってから調べると、この塔には「永和二年」の銘があるそう。永和二年とは西暦では1376年。紫式部が亡くなった年は不明ですが、1019年までは生存していたことが知られています。その差は357年。この差からして「紫式部の墓」とは考えにくいでしょう。でも、調べてみるとここから徒歩20分ほどのところには「和泉式部の墓」というものもあるそう。

この辺りは源平合戦で源氏の拠点にもなっていた記録があるので、後年になって、その経緯で『源氏物語』の作者である紫式部の墓がこの石塔に設定されたのかも知れません。

そうだとしても、あまりにもみすぼらしいし、その経緯を示す物がないのは残念です。

紫式部の墓 宝篋印塔

では、この石塔、紫式部の墓ではないとしても、今から600年以上も前に建てられた塔であり、それなりに歴史があります。

塔の形から、これは密教のお経を納める「宝篋印塔ほうきょういんとう」と呼ばれる仏塔であることがわかっています。この辺りは七本卒塔婆など、石塔が多く残されており、昔は何らかの信仰を集めた場所だったのかも知れません。

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